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2009年4月22日 (水)

「言志後録」 9

 世間の人の中には、時折それほど重要でもないことを持って来て話す人がいる。こういう時 、自分は威張り侮る心を生じ易い。これは甚だ良くないことだ。彼はまだ経験が少なく、つまらないことを大切なことと思い込んでいるのである。こういう時自分は比喩などを引いて諭してやるがよい。これを威張り侮って彼に応待するのは、自分の徳を失う所以である。(36)

 相手が明らかに経験の少ない者というときには、威張り侮るという心は生じないだろう。例えば幼児がさも重大事のように言ってきたことでも、大人の目からすれば取るに足らないことである。そのとき、それを聞いて相手に「そんなことを大げさに言ってきて馬鹿だな」なんて思わないだろう。冷静に取り上げて、聞いてやるに違いない。あるいは、噛んで含めるように説明してやるに違いない。
 子供の言ってくることは、往々にして大人の目ではとらえられない新鮮さがあって驚かされる。子供はみんな「詩人」だと言ってもいいかもしれないくらい。それが次第に目が曇ってきて、ほとんどの者が大人になると子供の時のような見方ができなくなるのはなぜだろう。
 問題は、「まさか」と思う人が軽薄な言動をした時である。威張り侮るという心理に似た気持が起るに違いない。特に、それを何人かの前でさも自慢げに話している場面では、口には出さないが内心では侮蔑の気持ちが起こりそうである。あえて諭す気にもならないだろう。何だかそんなことがあったような気がする。

 

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