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2009年1月25日 (日)

「言志後録」 7

 心の役目は思うということである。思うということは、道の実行について工夫を重ねることである。思えばそのことについてますます精しく明らかになり、いよいよ真面目に取り組むようになる。その真面目に取り組む方面からみて「行」といい、その精通する方面からみて「知」という。したがって、「知」も「行」も結局は「思」の一字に帰着する。(28)

 「論語」にも「学んで思はざればすなはちくらし」とあるように、「思う」ことの重要なことはよく言われるところ。「思う」ことは個々の人間がすることかもしれないが、効率を求める忙しい教育では「思う」時間を考慮に入れない。機械的に学んだことの受容量・残蔵量を測るようなテストが、人間を壊している。
 二宮尊徳だったか、「知行合一」ということを言っている。頭だけが大きくて、手足が退化したような人間が多くなった未来は、混乱から滅亡への道だ。最近の経済状況をみると、その傾向の現れではないかと思う。

2009年1月13日 (火)

「言志後録」 6

 およそ、人は急いでしなければならない事を敢えて急にしようとしないで、必ずしも急にしなくともよいことを、かえって急にしようとする。皆間違った考えである。聖人の学問は即刻なすべき事、即ち急いでつとむべき実際に役立つ事である。「今学ばなくても翌日がある」などと言って怠けてはいけない。酒宴を開いて客を集めたり、山に登ったり湖水に船を浮かべたりするような、すべて心のままに遊び楽しむことなどは、今日しなくても明日があると言っても宜しい。(15)

 「付記」に、「今学ばなくても翌日がある」は朱子の勧学によるものだとし、四句を引用している。
 宋の時代の朱熹に、「学を勧むる文」という詩がある。

  謂ふ勿れ
  今日学ばずとも来日有りと
  謂ふ勿れ
  今年学ばずとも来年有りと
  日月逝けり 歳 我と延びず
  嗚呼 老いたり 是れ誰のあやまちぞや

 同じ作者が、「偶成」という詩を作っていて、その中で「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず」とあるのは、よく知られている。同趣旨である。

 わかっちゃいるけど、どうしても目先の楽しげなことに心を奪われて、それを先にする。それが普通の人。私もごく普通の人で、余命残り少なくなっているのに、やるべき事を後に送って過ごしている。
 かつて、若い時に皆が青春を謳歌して楽しく過ごしているのに刻苦して来たのだから、今彼らより優遇される立場にあっても当然だと言った人がいた。もっともだと思う。ずっと楽をして、安穏な暮らしをしてきてなお豊かな暮らしを願うのは虫がよすぎる。今は、そういう虫のいい人間が多すぎるのではないかと思う。
 急に職を失った派遣社員などの人は、気の毒だと思う。そう思いながら、制度の問題点に怒りを覚えるのだが、同時に、どうして彼らは派遣社員になったのだろうかという疑問もある。派遣という身分の不安定な就職の道を選んだのはなぜだろうかと思う。正規社員として求職する道を選ばなかったのはなぜだろう。
 今日のニュースで、派遣村の人々のうち、突然の解雇で職と住まいを失った人は20パーセントあまりだと聞いて、余りの少なさに驚いた。別のニュースで、有効求人倍率が4倍以上の、いわゆる人不足の職があると聞いてこれまた驚いた。本気に働こうとしているのか、という疑問をつぶやいた役人が非難されたが、あるいは非難が不当なのかもしれない。

2009年1月 4日 (日)

初日と富士山

 2009年、明けましておめでとうございます。

 元旦に、地元の信用金庫が屋上を開放して初日を見る会を催してくれた。そこに初めて行ってきた。
Cimg0245 Cimg0245_2 Cimg0246 早くから来ていた人が前にいて日の出の写真はいいタイミングで撮れなかった。しかし、次第に茜色に染まっていく富士山の姿は、何枚かとることができた。写真は、同じものになったかも。

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