« 秩父ミューズパークの紅葉・黄葉 | トップページ | 「言志後録」 3 »

2008年11月16日 (日)

「言志後録」 2

 すべて教は外から入ってくるものであり、工夫は自分の中から考え出すものである。それで、自分の内から考え出したものは、必ずこれを外で験して正しいことを実証すべきである。また、外からの知識は、自分でその正否を検討すべきものである。(5)

 この項の「付記」にも書いてあるが、自分の内から湧き出てくるものは、いわゆる「知恵」である。あるいは「アイデア」か。「付記」では、「知恵を磨くことを忘れて、知識ばかり増やそうとする現今の風潮は、誤るも甚だしい」と言っている。
 私にも大いにその気があり、知識をうのみにしがちだ。特に近年のように情報過多な社会では、まずは取捨選択して受容し、できれば一斎が言うように正否を吟味して、正しい知識を自分の中で咀嚼する。そうすることによって、優れた「知恵」が生まれるんだろうな、と思う。とてもそんなことはしてはいられない。
 しかし、自分の内から出る「工夫」は、大事だと思う。これは、受け入れたものを「自分流」にすることだ。自分の血や肉にしたことの証明だと思う。

« 秩父ミューズパークの紅葉・黄葉 | トップページ | 「言志後録」 3 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84461/25377595

この記事へのトラックバック一覧です: 「言志後録」 2:

« 秩父ミューズパークの紅葉・黄葉 | トップページ | 「言志後録」 3 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック