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2008年11月 4日 (火)

「言志録」 44

 物がひとつふえれば、やることが一つふえる。やることが一つふえれば、わずらわしさがふえる。(219)

 ある書物に「人は皆、少なきの憂ひたるを知りて、多きの憂ひたるを知らざるなり。ただ、智者のみ多きを憂ふ。」とある。これと同じ。
 若い頃には欲のせいなのだろうか。不足だと思う気持ちが先行して、あれこれと求めて身の回りに置こうとする。しかし、年数がたって高齢にいたると、多くが不要で会ったことに気付いて、それらを処分するのに苦心する。馬鹿な話だと思うが、若い時にはなかなかそれがわからず、実感するのは老齢になってからのこと。若い時からこのことをよく承知して、実生活で生かしている人は偉いと思う。
 昔、ある大学の先生が、書物はできるだけ買わずに、図書館で借りよ。と言っていた。その先生、若いころに、盛んに書物を買いもとめたが、置き場に困って、畳の上に本を敷き詰めて、その上に寝ていたそうだ。
 若いころにその話を読んだが、そういう実感を持てずに、読みたい本や必要がある本を結構買っていた。ところが、現役を退くと、そのうちの多くがもういらなくなって、空間を狭めるだけの邪魔ものになっていることに気づいた。そこで、結局、勤務していたところに寄贈したり古本屋に売り払ったりして半分以上処分してしまった。
 本に限らずいろいろのものが、高齢になってくると、いらなくなって、邪魔になるという感じがする。

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