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2008年11月 2日 (日)

「言志録」 42

 道理の行き届いた言葉には、誰でも服従しないわけにはいかない。しかし、その言葉に激しいところがあると、聴く人は服従しない。無理に押し付けるところがあれば、服従しない。身勝手な私心を挟むところがあれば、服従しない。言う人の便利を図ろうとするところがあると、服従しない。凡そ、道理が行き届いていると思うにもかかわらず人が服従しないときには、君子は自ら反省するものだ。先ず自分自身が心から服従して、しかる後に人は服従するものである。(193)

 いくら道理が行き届いたことであっても、それを言うときの心の内によっては、聞き入れてもらえない。そういうことを言っている。これはほとんどだれもが経験していることだと思う。説得しなければならないような時などにそういうことを感じる。
 また、言うときの心の状態だけでなく、話し方、話術の問題もあると思う。相手に応じ、相手の心理状態をみて、それに合った話方を工夫する必要があるだろう。しかしあまり技術に走ると、聞き手にそれを見抜かれて、やはり受け入れてもらえないという結果になる。
 やはり、淡白に、邪心なく、真心をもって話すに限る。

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