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2008年11月 3日 (月)

「言志録」 43

 考えてみると、世の中のことでどうして本来悪というものがあろうか。過ぎたり及ばなかったりするのが悪である。また、同様に世の中のことでどうして善というものがあろうか。過ぎたり及ばなかったりしないのが善でる。(205)

 「適当」「適度」ということは、極めて大事だ。その範囲を越えて過度であれば、範囲内であればよしとされるものも、よしとされない。また、その範囲に入らない、足らないようであれば、やはりよしとされない。
 家康が、女中に世の中で最もおいしいもなはなにかと聞いたら、女中が塩だと答えた。最もまずいものは何かと聞いたら、やはり塩だと答えた。これを聞いて家康が感心したというエピソードがある。過不及がなければ美味、あれば不味だということである。
 薬の例などはわかりやすい。足らなければ効かないし、多ければ有害である。適当であるときにのみ、薬用として意味がある。
 「論語」にも、過ぎたるは及ばざるがごとし、と言っている。過不足があっては、よくないのである。

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