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2008年10月30日 (木)

「言志録」 41

 (言葉は徳の響きというべきものであるから)言葉を慎むことは、即ち行いを慎むことである。(これで言行一致ができるのである) (186)

 「慎言五則 その二」としてあげてある。189段にも、「人は最も当に口を慎むべし。口の職は二用を兼ぬ。言語を出し、飲食を納るる是なり。言語を慎まざれば以て禍をまねくに足り、飲食を慎まざれば以て病を致すに足る。諺にいう、禍は口より出で、病は口より入ると。」とある。
 不言実行とか陰徳といったことが尊ばれたのは昔のことになった。今は有言実行をよしとする感じ。有言は、自分の目標を公言することによって、自分にプレッシャーをかけ、叱咤激励をするためであろう。そうしなければ「実行」できないというのでは、少し弱い。
 それでも、実行すれば大したものだ。今は言うだけ言って少しも実行しないものが多い。自分の言葉に責任を持たないものが多い。責任を持たないならしゃべるな、と言いたくなる。
 名のある、責任のある、反響の大きい立場の者が、安易な、軽率な、場合によっては愚かとも思えるような発言をすることが、身の回りに多くなったような気がする。それを、話題性があるとして取り上げ、追いかけまわしているマスコミも悪い。そういう取り上げ方をしなければ、しゃべったことの反響がないことに落胆して、いくらかは口数が少なくなるだろうか。

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