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2008年7月20日 (日)

「言志録」 29

 上に立つ者は次のようにありたい。
 さとく明らかに物事を洞察し、しかもおもおもしく穏やかであり、その態度は威厳があって、しかもわだかまりがない。(79)

 「次のようにありたい」と言っているから、願望であり、目標であるのだろう。上に立つ者に対しては、さまざまな資質が要求される。最近の社会状況の中で痛感するのは、上に立つ者の倫理観の欠如である。
 少し前には、食品の偽装問題が盛んに取り上げられ、現在は教員採用試験の不正問題である。
 大分県の不正のひどさには驚いた。さまざまな問題を含んでいるが、結局、倫理観の欠如につきる。そのほかの問題を挙げれば、特定のひとりに作業が集中している体制の問題、競争試験のように点数で序列化する選考資料の問題、現・旧上司や議員などの口利きがまかり通る悪い慣習の問題など。
 教員採用は、一般の公務員試験と異なり、選考であるという特色を知らないで報道しているという感じがしなくもない。たとえば、試験には直接現れない過去の経歴、特技なども採用の上で重要な資料になってよいと思う。臨時任用であった期間の勤務状況がよければ、即戦力として採用されてよいだろう。また、クラブや部活の指導のできるものを求めている時には、経歴に該当者があればそのものが採用されてよいだろう。したがって、教員採用では、点数化できる試験結果は、三段階位に分類し、中以上なら選考対象になるようにし、そこに点数化しにくいさまざまな要素をプラスして選考資料にすればいいのだと思う。透明性や公平感の点で万全ではないが、教員という特殊な職に携わる者を選ぶには、その方がベターだ。学力があり、人前で調子の良い弁舌を披歴できても子供と遊べない人物は、教師として不要なのだから。
 議員の口利きは、問題の大分県に限らずかなりのところで行われている。これは、議員が有権者の力をかさにして職員に圧力をかけているもの。少しでも早く結果を知らせれば、自分の力を誇示することができ、恩義を売ることができ、それが次の選挙につながることになる。物品の授受がなくても、贈収賄に匹敵する悪行だ。議員の「俺が、おれが」意識をなくさなければ、これはなくならないだろう。

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