« 「言志録」 27 | トップページ | 「言志録」 29 »

2008年7月16日 (水)

「言志録」 28

 一呼吸も自然の音楽であり、談笑も人心を和らげる音楽である。手を一つあげるのも、足を一つ動かすのも、皆礼である。(78)

 この項の注に、「日常の行動のなかに、楽も礼も存在するものだ。したがって、日常の行動は楽や礼の精神にはずれないようにあらねばならない」といっている。
 楽や礼の精神がどのようなものであるかは知らない。はずれないようでなければならないというからには、一定の「規範」があるのだろうが、それがどんなものかも知らない。
 しかし、呼吸にしてもリズムがあり、談話の場面にも話の飛び交う様子に遅速、高低などの波があるということが分かる。これらが乱れると、不快であったり苦痛であったりするわけである。
 一挙手一投足にも「礼」にかなうようでなければならないというのは、言わんとすることが分からないわけではないが、凡人にとってはなかなか難しい注文である。私には到底到達できない努力目標だ。努力も真剣にはする気にならない高さだ。我が家の内にあっては、テレビを見ながらごろ寝をしたり、暑い日の湯あがりに裸でいつまでもいたりする。音高らかに放屁し、家内に叱られたりもする。
 なんでもそうだが、知識として知っていても不十分なのであって、それが行動に結びつかなければいけない。行住坐臥、しかもごく自然に行われている、そういう状況になって、満足なわけだ。そして、「聖人君子」と言われる人になる。しかし、努力してそういう域に達しようとは思わない。それよりも、家にあっては思いのままがいい。

« 「言志録」 27 | トップページ | 「言志録」 29 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84461/22329219

この記事へのトラックバック一覧です: 「言志録」 28:

« 「言志録」 27 | トップページ | 「言志録」 29 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック