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2008年6月30日 (月)

「言志録」 26

 人に忠告しようとするには、熱意が言葉に溢れてくるようでなければだめだ。かりそめにも、腹を立てたり、憎むような心が少しでもあれば、忠告は相手の心に入るものではない。(70)

 わかっているが、つい腹を立ててしまいがいだ。むずかしい。全く他人事として接するような関係の相手なら、それほど親身にもならないだろうから冷静に忠告できるかもしれない。しかし、そうすると熱意溢れる忠告にはならないだろう。だから難しい。
 安岡正篤の「人生の五計」の中に、「父母憲章」ということを言っていて、七か条を上げている。その七番目に、「人世万事、喜怒哀楽の中に存する。父母は常に家庭に在って最も感情の陶冶を重んぜねばならぬ。」と言っている。

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