« 「言志録」 24 | トップページ | ライトダウンのこと »

2008年6月17日 (火)

「言志録」 25

 利益は天下の公共物で、利を得ることは悪いことではない。ただ、自分一人で独占することは、他人から怨まれるやり方でよろしくない。(67)

 末尾のところの訳文がどうもしっくりしない。原文の訓読は「怨を取る道たるのみ」とあるから、「よろしくない」という判断を含むことばは入れないほうがよいと思う。
 たとえ、いくら勤勉に働いて財を成したとしても、多くのものはその人をうらやむ。本当はうらやむのは間違いで、それだけ勤勉に働いた代償として豊かになっているのだ、と容認すべきなのだと思うが。理ではそう思っても、情としてそうならないのが人間の本性。そこで、恨み節の矛先が先鋭化しないように、周囲に適度に財を放出するというのが、円満な社会生活上必要なことは確かだ。
 現代の社会の仕組みでは、収入が多ければそれだけ税金も多く取られているから、本来は、直接周囲のものに分配しなくても財を放出しているわけだが、直接自分に反映しないとわからない。これも、人間の浅はかさ。
 昔もあったとは思うが、最近、儲けるだけ儲けて、それの見合う税を納めない不届き物が多いように思う。直接周囲に利を分配しないまでも、当然納めるべき税はしっかり納めてもらいたいものだ。
 昔、有名なプロ野球選手が若くして高額な収入を得ることになったのを、一般の人がうらやんで不満を漏らしたことがあった。そのとき、その選手が、「僕は、みんなが遊んでいるときにも厳しい練習を続けてきて今があるのだから当然だ」と言ったそうだ。不満を漏らすものには、案外自分は勤勉ではなく過ごし、安穏と時を過ごしてきたのに、現在の手厚い待遇を求めるものが多い。
 公の職の責任ある立場のものが高給をもらっているのに対して、不平不満を漏らすものが結構いる。もっと給与を下げるべきだと言う。たぶん、自分と同じくらいの給料になれば、満足なのだろうか。そういう不満を漏らすものに、それでは同じ給料を出すからこの仕事をやってくれ、と言われてやるものがいるだろうか。仕事の密度、重み、ほとんどプライバシイもない生活にダウンしてしまうだろう。
 ある会社のある支店が、他の支店より高いボーナスを支給していることに、不満が百出。そこで希望すればその支店に転勤可能だということにした。ところが、希望するものが出なかったという。得るものはより多く、しかしそのための労力は惜しむ。これが人間の本性か?

« 「言志録」 24 | トップページ | ライトダウンのこと »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84461/21692635

この記事へのトラックバック一覧です: 「言志録」 25:

« 「言志録」 24 | トップページ | ライトダウンのこと »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック