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2008年6月30日 (月)

「言志録」 26

 人に忠告しようとするには、熱意が言葉に溢れてくるようでなければだめだ。かりそめにも、腹を立てたり、憎むような心が少しでもあれば、忠告は相手の心に入るものではない。(70)

 わかっているが、つい腹を立ててしまいがいだ。むずかしい。全く他人事として接するような関係の相手なら、それほど親身にもならないだろうから冷静に忠告できるかもしれない。しかし、そうすると熱意溢れる忠告にはならないだろう。だから難しい。
 安岡正篤の「人生の五計」の中に、「父母憲章」ということを言っていて、七か条を上げている。その七番目に、「人世万事、喜怒哀楽の中に存する。父母は常に家庭に在って最も感情の陶冶を重んぜねばならぬ。」と言っている。

2008年6月29日 (日)

ラテンコーラスを聞く

 昨晩、トリオ・パライソの演奏を聞いた。
 ギターを弾きながらのコーラスに、いくらか若返った気持ちになった。それにしても、平均年齢が65歳というから、私と同じくらいの年で約2時間のステージをこなすのには感心する。ギター演奏の激しい指の動き、伸びのある大きな発声、これらは年齢を感じさせない。
 アーティストは年をとらない、そう感じた。

 この演奏会は、「ハートランドコンサート」の第16回として行われたもの。精神障害者のための福祉施設等を運営する社会福祉法人豊心会・ハートランドの活動である。息子がここに勤務している関係で、活動に協力する気持ちで参加した。
 それにしても、福祉の世界は、働くものの待遇が劣悪だ。毎日12時を過ぎての帰宅で、体を壊さないかと心配。そんなに働いても給与は20万円に届かない。超勤はほとんどサービス。ボランティアの精神が、こういうところに生かされている皮肉。こんなわけで、超多忙で経済力がないために、結婚もできずに30歳半ばを過ぎている。

2008年6月27日 (金)

水墨画展に入選

Cimg0006 写真は、F15号、「流氷」というタイトルの水墨画。今年の2月、札幌雪祭り見物のツアーに家内と参加し、そのコースの中で観光砕氷船に乗ってオホーツク海の流氷を見たときの様子を絵にしたもの。もちろん、船の中で描いているゆとりがないから、写真に撮っておいたものをもとに、画面構成を考えてアレンジしてある。
 写真の絵は、何枚か描いたうちの作品として出品しなかったもので、額にもいれず、裏打ちもしてなく、うえをクリップで留めて撮影してある。
 第13回総合水墨画展が、8月7日から16日まで六本木の国立新美術館で開催される。写真のような絵を応募したところ、先日最終審査結果が届き、入選ということになった。            この展覧会は全国公募で、入選すれば会場に展示され、出品料や額装代などを払い込むことになるが、選外なら作品が返却され諸経費の納入が一切必要がない。入選すると額の買取なども含めると結構かかる。しかし、応募の際には作品を裏打ちをしないまま折りたたんで郵送すればよいので容易でいい。
 「枯れ木も山の賑わい」、拙い作品が大美術館に展示されることになる。

2008年6月22日 (日)

ライトダウンのこと

 洞爺湖サミットにあわせて、ライトダウンをやるとか、やったとかいうニュースが報道されている。地球温暖化が深刻な課題になっているときに、大変結構なことだ。
 しかし、これがセレモニーやイベントとして一時的に行われるのではなく、年間をとおしていつも行われて欲しい。これが通常化するようでなければ、温暖化の防止には役立たない。一晩中煌々と電気をともしていては、地球が暑くなるのも当然。
 商戦が過熱した結果か、事務所もスーパーやコンビにも街灯も深夜まで電灯をともしすぎだと思う。深夜はもっと暗くして、気安く外を歩けないような環境でよい。深夜にも買い物ができて便利な必要はない。
 年末になると、あちこちでライトアップをして客集めをし、それにのって多くの人が街に溢れる。個人の家でもクリスマスの電飾をして、飾り立てる。地球が悲鳴を上げているというのに、エゴがそれをわからなくしている。
 ガソリン価格の高騰が、生活を混乱させている。生活に必要不可欠でなければ、車に乗るのを控えたらどうか。値上がりで家計が大変だと言いながら、ゴールデンウイークを始め休日にはマイカーの旅行者が多い。近くに買い物をするにも車で出かける。なんとかならないのかな。重い荷物があれば別だが、そうでなければ歩いて30分ぐらいの所は車を使わないようにできないのかな。健康のためにもいいよ。

2008年6月17日 (火)

「言志録」 25

 利益は天下の公共物で、利を得ることは悪いことではない。ただ、自分一人で独占することは、他人から怨まれるやり方でよろしくない。(67)

 末尾のところの訳文がどうもしっくりしない。原文の訓読は「怨を取る道たるのみ」とあるから、「よろしくない」という判断を含むことばは入れないほうがよいと思う。
 たとえ、いくら勤勉に働いて財を成したとしても、多くのものはその人をうらやむ。本当はうらやむのは間違いで、それだけ勤勉に働いた代償として豊かになっているのだ、と容認すべきなのだと思うが。理ではそう思っても、情としてそうならないのが人間の本性。そこで、恨み節の矛先が先鋭化しないように、周囲に適度に財を放出するというのが、円満な社会生活上必要なことは確かだ。
 現代の社会の仕組みでは、収入が多ければそれだけ税金も多く取られているから、本来は、直接周囲のものに分配しなくても財を放出しているわけだが、直接自分に反映しないとわからない。これも、人間の浅はかさ。
 昔もあったとは思うが、最近、儲けるだけ儲けて、それの見合う税を納めない不届き物が多いように思う。直接周囲に利を分配しないまでも、当然納めるべき税はしっかり納めてもらいたいものだ。
 昔、有名なプロ野球選手が若くして高額な収入を得ることになったのを、一般の人がうらやんで不満を漏らしたことがあった。そのとき、その選手が、「僕は、みんなが遊んでいるときにも厳しい練習を続けてきて今があるのだから当然だ」と言ったそうだ。不満を漏らすものには、案外自分は勤勉ではなく過ごし、安穏と時を過ごしてきたのに、現在の手厚い待遇を求めるものが多い。
 公の職の責任ある立場のものが高給をもらっているのに対して、不平不満を漏らすものが結構いる。もっと給与を下げるべきだと言う。たぶん、自分と同じくらいの給料になれば、満足なのだろうか。そういう不満を漏らすものに、それでは同じ給料を出すからこの仕事をやってくれ、と言われてやるものがいるだろうか。仕事の密度、重み、ほとんどプライバシイもない生活にダウンしてしまうだろう。
 ある会社のある支店が、他の支店より高いボーナスを支給していることに、不満が百出。そこで希望すればその支店に転勤可能だということにした。ところが、希望するものが出なかったという。得るものはより多く、しかしそのための労力は惜しむ。これが人間の本性か?

2008年6月11日 (水)

「言志録」 24

 我々が出会うところの、苦しみ悩み、変った出来事、辱しめを受けること、人から悪く言われること、心に困ったと思うこと。これらのことは皆、天の神が自分の才能を老熟させようとするもので、いずれも我が修徳勉励の資でないものはない。
 だから、君子は、このようなことに出会ったならば、これをどう処理するかに工夫をこらすべきもので、これから逃げようとすることはいけないことだ。(59)

 この項の「付記」に、「孟子」の一節と西郷南洲の詩の一節が紹介されている。
  『天の将に大任を是の人にくださんとするや、必ず、まず、その心志を苦しめ、その筋骨を労し、その体膚を餓し、その身を空乏にし、行その為す所に払乱す。心を動かし、性を忍び、その能くせざる曾益する所以なり。』(告子章句下)
 『幾たびか辛酸を歴て、志始めて堅し、丈夫は玉砕すとも、せん全を愧ず。』

 子供の頃、「艱難汝を玉とす」ということを、父によく言われたことを思い出す。そんなこkとは、うまくだまされなければ、とても自ら艱難の中に飛び込んでいくことはできない。初めからそう信じて苦しみを求めるものがいるのだろうか。苦痛を避けようとするのは、動物の本能なのではないだろうか。初めは、周囲の大人からうまいことだまされて、大変なことにチャレンジさせられ、そうこうしているうちに周囲からありがたがられたり、自ら満足感を味わったりして、そうすることが自分の成長や存在感を確認できるところとなって、それをあえて求めるものが、ごく少数でてくる。そういうことなのではないかと思う。そういう人は、あえて辛苦を求め、それを処理していくことによって、一般からぬきんでた立派な人物、「君子」といわれる人物になるのだ。
 「君子」となった者には、忠告するまでもない。すすんで課題に対決し、解決しようとする。決して逃げたりなどしないだろう。

2008年6月 8日 (日)

柴又の帝釈天

 昨日、公民館の木彫サークル「きつつきの会」の親睦研修で、葛飾柴又の帝釈天題経寺の彫刻を見てきた。

 柴又の駅を降りると、駅前に「寅さん」の銅像がある。みやげ物の店が立ち並ぶ通りはそう長くはない。観光客でかなり混んでいた。しかし、一般の観光地に比べて外国人の姿が意外に少なかった。
 帝釈堂彫刻ギャラリーは、見学料400円。これは、大客殿の庭園の見学も含めて。総欅造の帝釈堂は、昭和4年に完成。外壁に法華経説話の彫刻がめぐらされ、材料と技術のすばらしさに驚く。かなりの枚数、写真を撮ってきた。
 客殿の廊下から眺める庭園もすばらしい。眺めのよいところに休憩施設があり、無料で湯茶が飲める。廊下の欄間のところに、帝釈堂の法華経説話彫刻のミニチュアが架けてある。この客殿は総檜造で、殿舎をつなぐ回廊まで節のない正目である。
 昼食が1時過ぎになったが、門前のうなぎやさんに入った。有名で混んでいるのか、この時間でも席が空くのを待つようだった。最も安い「うな重」を注文した。2100円である。ところが、出されたご飯が生煮えでしんがある。ほかの者のも皆そうだったので、クレームをつけて取り替えてもらった。文句をつけたのは我々だけだったのか?大きい釜で炊くはずだから、我々以外にも半生のご飯を食べさせられた客がいたはずだ。ご飯もうなぎもおいしいものではなかった。おそらく、食堂で食べたうな重・うな丼で最もおいしくなかったといってよい。
 門前の店を覗いて回った後、堀切菖蒲園に行った。駅の名前が堀切菖蒲園というのは、やや奇異な感じがする。しかも、菖蒲園は駅から10分ほど歩いた先にある。
 回遊式の庭園に生育年次別に菖蒲が植えてあり、それぞれの株に品種名を書いた名札がある。しかし、株数が少なく、庭園の敷地も狭く、私がこれまで見たことのある菖蒲園の中では見劣りがするものだった。遠方では山形の長井の菖蒲園は、規模も整備の状況もすばらしかったが、私のところから車で10分もかからない智光山の菖蒲園も、堀切よりは株数が多いと思う。都会の中の庭園だから、希少価値で有名なのだろう。
 この庭園の見物での収穫は、初めて見る花を見たこと。フェイジョアという、南米産の木に咲いている花に関心を持った人が、カメラのシャッターをきっていた。かくいう私も。

 

2008年6月 5日 (木)

「言志録」 23

 草木を培養して、その生々発育する気運の微妙を観察すると大いに得るところがある。(志さえあれば)何事でも修養の資料になるものだ。(57)

 この項の「付記」に、次のようにある。
  自然現象を観察することも活きた学問であることを教えたもの。「彼の細井平洲が、『人      を教育するは菊好きの菊を作るが如くすべからず、百姓の菜大根を作るが如くすべし』といえるもまたこの草木培植から得た一つの学問である。」
 菊作りのようにしてはいけないということはどこかで読んだことがあるが、今は思い出せない。昔、小学校の頃を思い出すと、各学級に花壇があって、そこで草花の面倒を当番でやったことがあった。今の小学校ではどうなのだろうか。
 ちょうど今頃が田植えの時期のせいもあって、学校に田んぼを作って子供に田植えをさせているという様子が、ニュースで紹介されることがある。米という字を分解して、八十八。米作りには88もの手がかかるといわれ、その大変さが強調される。そういう意味では、学校が、自分たちの主食の米を作る体験をさせるのは、大変意義があると思う。ニュースとしては、子供が田の中で泥にまみれながら苗を植えるのは取り上げるが、それ以後どんな世話をし、収穫をするのか、このことはなかなか紹介してくれない。きっと感動的なドキュメンタリーができるのではないかと思う。ただし、生育途上の世話を子供たち自身が担わずに、専門家に委託したり、保護者が肩代わりしたのではだめだが。
 小学校6年のときの体験で、先生の優れたご指導だと思い出すことがある。それは、校庭で大豆を栽培し、収穫した大豆を使って醤油を作って、その醤油を使って炊き込みご飯を食べるという長期的で多様な経験内容を含むカリキュラムだ。今のように教科の枠にとらわれていてはできない内容だろう。

2008年6月 1日 (日)

「言志録」 22

 少し長くなるが引用する。

 私の父は今年86歳である。側に人が多くいる時は、気分壮快で充実しているが、人が少ない時は急に気ぬけの御様子だ。
 私は思うに、子孫男女同志は体を同じゅうし、気を一にするものであるから、互いに頼み合って身も心も安らかになるばかりでなく、老人は元気が乏しいものであるから、人の雰囲気を得て、これを助けてあげれば、気分と体との調和がとれて元気づく。このことはちょうど、湯たんぽや保温剤を飲んで体を温めるようなものだ。これが、老人が人多きを好み、人少なきをいやがるわけである。
 これによって私は悟った。礼記の王制篇に、「人は80歳になると、人でなければあたたまらない」とあるのは、思うに、人の雰囲気であたためるということで、はだみに添う老女が必要であるというわけではないということを。(53)

 これを書いたとき一斎は42歳。自分の父親の観察から、礼記の一節に合点がいったということで、老人を取り巻く「人」の環境が大事なことを述べている。
 私が42歳の頃には、老人観察をしてその考察をするゆとりがなかった。今の私は、それより25歳も年をとっているが、80歳には間があるためか、「なるほどそのとおり」と思うところ「そうだろうか」と思うところが混合して受け取れる。
 今のところ「人多きを好み、人少なきをいやがる」感じはない。むしろ、あまり人が多く騒がしいのは、落ち着かない感じで好ましくない。特に、孫たちが来て騒がしく駆け回っているのには閉口して、自分の部屋にそっと逃げ込むくらいだ。「人恋し」という心境にはならない。いなくても趣味の木彫や水墨をやっていれば充実感があるし、本を読んでいても時間を忘れる。まだ若いからだろうか。
 若いからといえば、「はだみに添う老女」がまだ必要な年齢のようだ。老い衰えたことは歴然としているが、まだ男としての機能は残っているようで、女性に対する関心が強い(?)。強いかどうかは、主観的な尺度で、他の同年輩の男の平均値を把握しているわけではない。
 彫刻をやっていることと関係があるかもしれないが、街を行く若い女性、電車の中の女性につい目が行き、場合によっては観察する。折り込み広告や無料のファッション誌などに「これはいい」と思うものがあると、モデル用にとっておく。ヌードの女性を彫ろうとするときには、週刊誌などでヌード写真が載っているのを買ってきて眺める。
 それでもやはり、まったく周囲に人の雰囲気を感じない生活は苦痛だろうと思う。一斎がいうように、人の雰囲気によって気分と体の調和がとれているに違いない。年齢に関係なく、気楽に会話ができる人が必要だ。しかし、それはそんなに多い必要はない。私にとっては、それは「妻」であり「サークル」の人たちだ。
 気分が解放されたり高揚したりする一時を持つことができる。

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