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2008年5月 7日 (水)

「言志録」 17

 好き嫌いの考えが頭にあると、これが一番、人物鑑定に間違いを起こすもとになる。(40)

 どうしても好き嫌いの念は生じてしまう。その気持ちがうまれないということがあるのだろうか。博愛の念に満ちた聖人ならばそういうことがあるのかもしれない。
 凡人は、生じる好き嫌いの気持ちに左右されないように努めて、人に接し、人を評価することになるのだと思う。
 昔、内申書を書くのに苦心したことを思い出す。性格行動の所見を書くのに、あからさまに悪くは欠けない。「嘘ではない嘘」によって、マイナスをプラスに転じられないか、言葉を吟味したことがある。「優柔不断」と言いたいところを「慎重」と言いかえるなど。
 このことは、職場の長として職員の勤務評定をする際も同じ。ただ、10代の年齢の者の所見を書く場合と、成人、特に40代、50代の者の所見を書く場合とでは、辛さが異なったように思う。当然、成人の場合のほうが辛口になる。
 内申書の所見で極めていやな思いをしたことがある。出身高校に勤務していたとき、保存年限を超過した文書の廃棄作業をしていたときのこと。なんと自分が高校受験をしたときに中学校から送られた内申書が、廃棄されずに残っているのに出くわしてしまったのだ。見なければよかったものを、自分の内申書を見てしまった。すると、性格行動の欄に「職人の子にして粗暴」と書いてあったのだ。全く驚愕。自分がそんな風に見られていたのか。その所見を書いたであろう先生に対する気持ちが変わってしまった。
 父は自営で木工業を営んで、弟子も何人か育て、使っていた。私がこの内申書を見た頃には、両親ともに健在であった。しかし、そう書かれていたことは、全く話さなかった。兄弟にも話したことはない。
 私が受験した高校が、内申書を重視する学校でなかったのは幸いであった。

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コメント

wobbly
「内申書」の内容に吃驚!!
有るんですね。こんな事が。

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