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2008年3月 9日 (日)

「言志録」 8

 前にも書いたが、引用文は」口語訳である。文末のカッコ内は、条数。

 心がよこしまであるか正しいか、また気が強いか弱いかは筆蹟に現れるもので、これをおおい隠すことはできない。また、心の喜びや怒り、哀しみやおそれということ、及び勤勉、怠惰、平静、噪然などに至るまで、皆これらは字に現れるものである。故に一日の内、自分で五、六字を書いて、それを繰り返しよく観れば、自己反省の一助になろう。(24)

 心の状態は、顔色や行動に現れるというが、書いた文字にも現れるものだという。だから、書いた文字をじっくり観察すれば、自己反省になるというのである。
 私は、日記をしばらく前から書いている。5年日記とかいって、1冊に5年間書ける日記帳だ。今日の文を書くときに、去年の記事がすぐ眺められておもしろい。文字の書きぶりもそのときの状況を表しているような気がする。
 この条文を読んで、強く関連して感じたのは、絵を描いたり彫刻をしたりするときのことだ。気持ちが「乗って」一筋に集中しているときとそうではないときとでは、出来が違う。そういうことを実感している。よく仏師や刀鍛冶が装束を整え、水垢離をして作業に入るというのも、こういったことと関係あるような気がする。

 「孟子」の中に、「鶏犬の放たるる有れば、則ちこれを求むることを知る。心を放つこと有るも求むることを知らず。」とある。自分の心がしっかり自分のもとにつかまえてある、これをついうっかり忘れたままで事に当たりがちだ。気、機が熟していないと、どうしてもいい結果にならない。

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