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2008年2月 4日 (月)

「言志録」 3

 10年ほど前に「言志録」を読んだ際、共感した条文をノートに書き抜いておいた。いま、それを読み返しながら所感を書き付けている。今回は、その3回目。

 学問をするには、目標を立てて、心を振るい立てることより肝要なことはない。しかし、心を振るい立たせることも外から強制すべきものではない。ただ、己の本心の好みに従うばかりである。(6)

 立志は学問の出発点として肝要であり、それは外圧によって強制されるべきものではない。立志なければ学は進まず、成りがたい。強制されればこれも同様。しかし、「本心の好み」は、自然発生的に芽生えるものではない。前回、「仕向ける」「動機付け」ということを言ったが、醸成ということが大切だ。人的、物的、諸々の環境の中で、芽生えてくるもの。そういう環境を用意するということは、人為的な面がないとはいえない。様々な環境を用意する中で、強制にならないように十分配慮しながら芽生えを待ち、芽生えを発見し、育てることが重要なことだと思う。理想的楽観論だが。

 実際には、そんな暢気なわけには行かない。時間やお金に限度のある厳しい生活があるから、かなり「本心」ではないところで妥協して、いわば志を曲げて道を選んでいる。これは、結果としてそうなっているということで、理想と現実のギャップである。ただ、本来あるべき姿を忘れてはならない。

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