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2008年1月31日 (木)

「言志録」 2

 「言志録」を読んだのは、10年以上前のことだ。読みながら、共感した条文をノートに抜書きをしておいた。それを今、読み返しながら所感をつけることにした。

 発憤するの憤の一字は、学問に進むための(最も必要な)道具である。かの顔淵が「舜も自分も同じ人間ではないか」(成らんとする志さえあれば自分だって舜のような人物になれるぞ)といったことは、まさに憤ということである。(5)

 「論語」に「憤せざれば啓せず」とある。教育の原理原則を言っていると思う。憤するのを待つか憤するように仕向けることが必要だ。学習指導でよく「動機付け」ということが言われるが、それが憤するように仕向けることだ。待ったり仕向けるということは、時間のかかることである。教育の原理原則は、時間をかけることだと思う。物を創るように、効率や合理化で短時間に優れたものを作り出すことに不向きなのが教育だ。

 

2008年1月30日 (水)

「言志録」 1

 現役だったときに、佐藤一斎の「言志四録」を読んだ。原文は漢文で、自分には読めないので、講談社学術文庫で注釈付きで読んだ。

 佐藤一斎は、1772年(安永元年)10月生まれ、1859年88歳で亡くなった。彼の語録は、「言志録」「言志後録」「言志晩録」「言志てつ録」にまとめられ、これを「言志四録」と言う。(「てつ」の文字を字書で呼び出せないので仮名にしてある。私の機器操作の未熟なためである。)

 かつてこの四冊を読んだときに、共感した条文をノートに筆記しておいた。今になってこの書き抜きを読み返しながら、雑感を書き付けてみようと思う。「言志録」は、佐藤一斎42歳から11年間の語録で、全246条ある。私の書き抜きは、書き下し分と口語訳文であるが、ここには、訳文だけを引用する。

 天然自然の道はゆるやかに運り動き、人間界の現象も緩やかに変化するものである。しかし、ここには成るべくして成る必至の勢いがあり、この勢いは避けようとして遠く離すこともできず、またこれを促して、速くしようとしてもできないものである。(4)

 「なせば成る」というけれど、これには時機、タイミングが大事だと言うことがわかるようになるのは、ある程度年がいってからだと思う。今になって思えば、あの時「待ってよかった」と思うことのほうが多いように思う。早く完成、解決のスガタを目の当たりに見たいがために、やたらと力を加えても、あまりよい結果にならない。

 歳を重ねて、自然や人事の周囲に「ウォッチ」する心のゆとりができると、「運行」という人間の力ではどうににもならない原理が働いていることを感じる。佐藤一斎がこの条を書いた40歳代には、私は、眼前の諸々のことを処理することに夢中であった。

2008年1月29日 (火)

「天しょう院篤姫」を飲む

 芋焼酎「天しょう(「王」偏に「章」)院篤姫」を飲んだ。

 「しょう}という字を字書から呼び出せなくて仮名書きで失礼。テレビのドラマでやっている幕末の女性の名前の焼酎を飲んだ。値段の割に、飲みやすい。1.8リットルで2500円くらい。あまりきつい味ではないので飲みやすい。

 私と家内の晩酌は芋焼酎で、毎晩少しずつ飲んでいるが、値段を加味して「これはいける」という共通の評価を与えるのは、これまで「薩摩の風」だけだった。今まで、焼酎を買いに行くと定番の「薩摩の風」と新規開拓を目指して、これまで飲んだことのない銘柄を予定価格の範囲で選んできた。今回初めて「-篤姫」を飲んで好評なので、定番が増えたことになる。ちなみに「薩摩の風」は、1.8リットル約2200円。

 きのう、ある所で焼酎の販売展示棚に、「森伊蔵」があるのを見た。意外だった。限定の品だと聞いていたからだ。しかし、720ミリリットルで5万円近い値札だった。指宿で飲んだ味はもう忘れたが、さぞかし絶妙だったに違いない。

2008年1月22日 (火)

絵画展終わる

 20日に、志木で行われた「美会21絵画展」が終わった。

 駅のそばの「マルイ」なので、地理的条件はよいのだが、8階だということでなかなか入場者が集まらなかったようだ。それでも、30点近い作品を公開できたことはよかった。特に、私のように、まったく初めて水彩や油彩の拙い作品を出展したものにとっては、恥ずかしいが晴れがましい気分だ。

 21日には、銅板工芸のクラブがあった。自習の形で、作業を進めていた作品に着色をした。あまりよい色が出せなかったが、これを2月に行われる「第21期生校友会美術工芸展」に出品するつもり。作品は、マイセンの人形に「アンフィトリテの勝利」という18世紀の作品があって、その一部をモデルにした肖像。タイトルは「肖像」。

 この展覧会には、現在作成中の油彩画も出品するつもりだ。紅葉の渓谷で、橋の上から流れを眺めているハイカーを描いたもの。タイトルを「ハイカー」とした。

2008年1月16日 (水)

校友会の新春行事

 校友会の新春行事「新春公演会」に参加した。

 立川志隆を招いて「音楽と落語の宅配便」と題して、「みんなで歌おう」と「落語を聞く」会が催された。歌は、童謡や小学校唱歌を中心に12曲、立川志隆のギター演奏でみんなで歌った。合間にはさむトークも軽妙で、和やかな雰囲気だった。落語は15分程度きり聞くことができず残念だった。何でも、午後もう一つ公演があるとかで、時間を気にしてはしょったようだ。その点では、時間配分を考えてもらえたらよかったのにと思った。しかし、彼の言うところによれば、ギターの上手な落語家ではなく、落語の上手なギタリストなのだそうで、ギターを弾く方にあえて時間をとったのかもしれない。

 終了後、クラス会(美工会21)が行われた。幹事のお骨折りで、紫雲閣に併設するレストラン・ガーデンで昼食会。1名が欠席のほかはみんなが出席して盛会だった。卒業以来はじめて顔を合わせたものもいて、懐かしさも手伝って会話が弾んだ。I さんが、いつものように記念撮影をしてくれ、絵画展のお知らせや校友会の連絡なども行われ、3時ごろ終了した。

 明日から、志木のマルイで「美会21絵画展」が行われる。

2008年1月12日 (土)

絵画ー昨年を振り返って(3)

 引き続き昨年の絵画制作を振り返る。

 今月17日から20日まで、校友会のクラブ「美会21」の絵画展がある。昨年の春、いきがい大学東松山学園を卒業した21期生の絵画クラブが「美会21」である。この絵が初めて会員展を開く。会場は、マルイ志木店8階にある「フォーシーズン志木ふれあいプラザ」。

 枯れ木も山の賑わいというが、私も拙い油彩画と水彩画を各1点出す。私がこの種の絵画を展示会に出すのは初めてのこと。一応会員であることの義務感から出すのである。それというのも、自分の絵が最も稚拙だと思っていて、恥を覚悟の出品なのだ。着想、構図、デッサン、などの基本は言うに及ばず、彩色がなってないのだ。原因は、勤勉でないから、あまり描かないから。描いても、根気よく、研究心を抱きつつ描かないからなのだ。

002  写真は、出品予定の水彩画。6号。昨年、クラブで川越に写生に行ったとき、街中をあちこち歩いて回って、スケッチポイントを写真に撮っておいたものを絵にしたもの。

 絵は写真ではないから、消去してしまっていい形もあろうし、現実とまったく同じ色で塗る必要もない、ということは知っている。しかし、どうしても不要だと批評されるようなものを描いてしまうし、雰囲気を出せるいい色が作れない。所詮、勤勉さ、執着心、探究心の不足なのだ。

 今年は、もう少し勉強してましな絵が描けるようになろうと思う。そのためには、昨年、「ちょっとやってみた」版画や切り絵を封印し、銅板レリーフからも遠ざかろうと思う。銅板はクラブに所属しているが、脱会しようと思う。継続し、深めて行きたいものを絞っていこうと思う。

2008年1月 9日 (水)

絵画ー昨年を振り返って(2)

 前回に続いて昨年の絵画制作を振り返る。

 水墨画は、月2回のクラブの活動にほとんど出席したので、1回について1枚としてもかなりの枚数描いたことになる。クラブのときに描くのは6号なので、題材によっては2枚描くこともある。腰を落ち着けてじっくり描くということはほとんどなく、拙速な描きぶりなので、展示会に出せるようなものはない。

003  校友会の文化祭に、10号の水墨画を2点出した。写真はそのうちの1点。「海」という題。雑誌に出ていた絵をアレンジしたもの。10号となると、あらかじめ構図を検討して、下絵を描く。結構時間もかかる。何枚か描いたうちでよいと思うものを出品用に裏打ちをした。

 夏に描いたもので、この時点のちからではこんなもの。まあまあよく描けたが、入道雲がいまいち。私の欠点で、追求する根気がない。中途半端で自分自身に妥協してしまう。もっと納得のいくまでやってみたら、という気持ちが少しはあるが、この時点での自分の実力はこれまでのもの、と追求を中止してしまうのだ。仕事としてやっているわけではない、そのときそのときの個人的な楽しみ、自己満足なのだからこれでいいのではないかと思っている。芸術家のように真剣な追求をしたら、楽しみや遊びではなくなってしまうではないか。第一、そんなに先のある寿命ではないのだから。

2008年1月 7日 (月)

絵画ー昨年を振り返って

 昨年のうちに一年を振り返って反省しておけばよかったのだが、昨年中に振り返ることができたのは、木彫だけだった。残った絵画の部について、新年になってから反省することになってしまった。

 絵画のクラブには入れてもらっているが、まじめに出席して活動していない。水墨画のクラブには、クラブの代表者に指名されている関係上、出席はほとんどしている。しかし、熱心な会員のように自宅で何枚も描いてくるようなこともない。

001 あまり熱心ではない中で、昨年は、散歩の途中で「絵になるかな?」と直感した所をカメラに収めて、写真屋さんでプリントしてもらって、これを絵の題材にした。左の写真は、日高市の巾着田に彼岸花を見に行ったときに撮った写真を、F4の紙に描いた水墨画。その絵を、以前紹介したことがあるように自己流の方法で額装したものである。

 昨年、写真からF4の水墨画、という描き方で描いた作品が30枚余りある。作品のうち1枚を、いたずら半分にボードに油絵の具で描いてみた。また、水墨クラブの人たちが臨画手本に使わせてほしいというのでコピーして利用した。

 今年はまだ1枚も描いていない。いかにサボりマンかの証明。

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