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2007年10月11日 (木)

奥の細道・最上川

 昨晩、趣味悠々の奥の細道を見た。「急流名峰をゆく」と題して、最上川と出羽三山を取り上げていた。

 芭蕉は最上川で「さみだれをあつめて早し最上川」と詠んだというが、この句の「早し」ははじめ「涼し」であったという。最初の句は、川を船で下る前、土地の句会で「あいさつ」として作ったもので、川くだりの体験に基づくものではないらしい。船で下ってはじめて「早し」を実感し、なおしたものだという。が、なおしたというよりは、初めのは初めのとして「あいさつ」であり、なおしたという後の句は「実感・体験」だとみるべきではないか。推敲したというには当たらないように思う。

 しかし、芭蕉は、生涯推敲に心を砕いたと、どこかで読んだ気がする。厳しい追求を自分に課していたらしい。旅も、芸術の追求の手段だったのではないかと思う。いてもたってもいられない、先へ先へと気がせいてたまらない、何か突き動かすものがあって旅をし、句を作り、推敲を重ねた生涯だったのではなかろうか。これだけ厳しい旅程をこなしていくのには、体力は当然なければならないが、「気力」にあずかるところ大、なのだと思う。

 芭蕉の、最上川の句に対比されるのが、蕪村の「さみだれや大河を前に家二軒」である。芭蕉の句が船上の体験に基づいているのに対して、蕪村の句は少し岸辺から離れたところからの叙景である。芭蕉の句は絵にはならないが、蕪村のはすでに絵そのものだ。動と静、どちらもよい。

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