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2007年9月10日 (月)

ごみの分別と環境

 ここ二三日、市内のスケッチポイント(と独断した景色)を、水墨で描いている。

 以前、散歩のついでに「絵になるかな?}と感じた所を写真に撮っておいた。これを、スケッチブックに描いて、水彩で塗ったものが何枚もあるが、最近、水墨画にしたらどうか?と思い、描き始めたのである。以前買っておいた水墨画用の半紙を使った。小さいほうが保存に便利だし、もしもこれをシリーズで発表するようなことがあったときに、場所をとらない。そういうわけで、半紙なのである。

 以前は、水墨画などで失敗した反故紙を、一般ごみとして捨てていたが、最近はとっておいて「資源ごみ・紙」として出すことにした。心境の変化の原因は、今月から市のごみ収集の際の分別が細かくなったことである。改定のテーマは、「資源ごみ」のリサイクルにあるようだ。

 我が家でも、これに協力するために、けっこう大変な努力をしている。菓子の袋を開けては、これは紙、これはプラスチックといちいち確認して、別々のごみ袋に入れている。その作業を通して気が付いたことは、プラスチックごみが非常に多いということだ。例えば、納豆を開ければ、容器とその中に納豆にじかにかぶせてある薄い紙、醤油・からしの入った入れ物、全部プラスチックだ。これらは今まで一般家庭ごみとして捨てていたものだ。だから、新しいごみだし方法になって、一般家庭ごみがうんと少なくなった。

 しかし、少し疑問もある。商品の多くがパックされて販売されている現在、汚れたパックを洗浄して出すのは、手間がかかるだけでなく、洗浄に要する洗剤・水が、環境問題の点から問題ないのだろうか?資源を大切にするために環境汚染が進んではたいへんなことだと懸念している。

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