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2007年9月25日 (火)

彼岸花見物

 今日は、家内と日高市に彼岸花を見に出かけた。

 彼岸花、別名曼珠沙華。日高の巾着田という所の彼岸花は、毎年この時期には大勢の観光客で賑わう。近年は、旅行社の企画するツアーの団体旅行者も多く、年々人出が多くなる感じだ。今日も平日だというのに、大変な人出だった。

 日高市は、この観光宣伝に努めていることが、いろいろなところに現れている。特に、観光による収益に対する工夫はたいしたものだと思う。例えば、駐車場を整備して、駐車料をとる。この収益がかなりの額になるらしい。そして、最近は入園料を取る。さらに、道路の混雑緩和対策で、かなり離れたところにも駐車場を何箇所か設けて、そこからシャトルバスを運行する。そのバスが、何箇所か日高の主要産業の会社や販売所に寄る。もちろん、巾着田にはテント村ができていて、売店やイベントステージがある。

 市の力の入れ方、アイデアの出し方、いずれも我が飯能市は遠く及ばない。

 文化祭行事の一環で、観光客から俳句の投句を募っている。私も、駄作を入れてきた。

 土割れぬ明日こそ出でむ曼珠沙華

 朝刊に発芽の報見ゆ曼珠沙華

 木洩れ日に向かひ丈競ふ曼珠沙華

 曼珠沙華人さざめくも静かなり

2007年9月20日 (木)

趣味悠悠「おくの細道を歩こう」

 昨日、NHKの「趣味悠悠 おくの細道を歩こう」を視聴した。

 正午過ぎに2回目の放送の再放送を見て、夜10時から3回目の放送を見た。残念ながら最初の放送は、見逃してしまった。

 芭蕉の作品は、「野ざらし紀行」や「更級紀行」なども少し読んだことがあるが、ほとんど記憶に残っていない。「奥の細道」は、あまりに有名な作品で、高校時代にも授業で「しごかれた」せいか、いまでもところどころを暗唱できる。

 芭蕉の時代に旅をすること、ましてや東北方面に出かけることはたいへんなことだったに違いない。一大決意をしなければ、旅に出られなかったものと思うが、そうまでして出ることになる「道祖神のまねき」とは如何なるものなのか?私などは、臆病なせいか、今の日常を捨てられないからか、そんなに強く引かれるものがないからか、とてもこういう旅には出られない。

 ラジオの「たより」で、世界各地を旅をしている人の便りが紹介されるが、私にとってはそれらは、どういう生活をしている人なのか、ずいぶん勇気があるな、無茶なことをするな、という感想を持つ行動にしかうつらない。

 この放送のテキストはよくできていると思う。ただ残念なのは、この紀行が9回で終わりだということと、各回の内容がはしょりすぎだということだ。旅の番組は結構あるようだけれど、この番組を見ていて、旅をしているな、という気分が伝わってこない。おそらく、効率よく運ぼうとするために、はしょりすぎるからだと思う。

 芭蕉の旅は、あらかじめ旅程が組まれていたのだろうか?是非見たいもの、立ち寄りたい名所旧跡などがあったのは確かだが、それ以外に思わず立ち止まって時間を忘れるようなことはなかったのだろうか?いったい、どんなところに泊まったのだろうか?何を食べたのだろうか?おそらく土地の宗匠の接待などがあったと思うが、どんな様子だったのだろうか?いろいろと教えてもらいたいことがたくさんある。

2007年9月11日 (火)

地蔵菩薩を彫る

 昨晩、「趣味悠悠ー仏のこころを彫る」を視聴した。前回「球」を彫ったが、今回は地蔵菩薩のレリーフを彫った。

 今日は昨晩の実技ということで、版画用の買い置きの板に彫った。ちょうどはがき大の大きさで、テキストに示されているものと同じ大きさであった。

 一応出来上がるまでに、約3時間かかった。前回もそうだったが、放送の内容があまりに製作過程を整理・短縮しすぎていて、細かい点でどうするのか分からないところがでてくる。テキストが放送内容をいくらか補足しているが、それでもわからないところがある。そこは、これまでの経験をもとに、独断的に進めた。

 私の所属している木彫サークルのS先生は、三角刀を使うことをあまりすすめない。最近になって、その意味がようやく分かってきたところだが、この講座ではかなり多用する。あとで丸刀で丸みをつけるようになるところにまで、三角刀で彫らせているような気がする。そんなわけで、やや自分流のやり方で何とか出来上がった次第。

 午前中、我が家の菩提寺に行ってきた。最近作った「童地蔵」「掌中地蔵」、併せて10体余りを、「もしもご希望する方があったら差し上げてください」とお届けしてきた。若方丈さんが、作品を気に入ってくださり、丁重にお礼を言われて帰ってきた。以前、母の忌明けに際して寄進した地蔵菩薩が今も玄関に飾ってあって、来訪者でほしがる人がいると聞いていたので、寄進したものほどのものは差し上げられないが、小さいものなら、と気に止めて作りためておいたのである。

021 写真は、8月の「木のきいた仲間展」の会場展示を撮ったもの。このような作品をお届けしたのである。高さ10センチほどなので、飾るのにも身近に置くのにも邪魔にならない。可愛がっていただけるのではないかと思う。ちなみに、私が彫っているものは、「地蔵」と呼んでいるが、正規には地蔵ではない。白毫が入れてないのである。その点では、「合掌童」と呼ぶべきかな?。仏教を信仰していない者にも、「何かを祈っている可愛い童」として、人形のような気持ちで身近に置いてもらえるといい、そう考えて彫っている。

2007年9月10日 (月)

ごみの分別と環境

 ここ二三日、市内のスケッチポイント(と独断した景色)を、水墨で描いている。

 以前、散歩のついでに「絵になるかな?}と感じた所を写真に撮っておいた。これを、スケッチブックに描いて、水彩で塗ったものが何枚もあるが、最近、水墨画にしたらどうか?と思い、描き始めたのである。以前買っておいた水墨画用の半紙を使った。小さいほうが保存に便利だし、もしもこれをシリーズで発表するようなことがあったときに、場所をとらない。そういうわけで、半紙なのである。

 以前は、水墨画などで失敗した反故紙を、一般ごみとして捨てていたが、最近はとっておいて「資源ごみ・紙」として出すことにした。心境の変化の原因は、今月から市のごみ収集の際の分別が細かくなったことである。改定のテーマは、「資源ごみ」のリサイクルにあるようだ。

 我が家でも、これに協力するために、けっこう大変な努力をしている。菓子の袋を開けては、これは紙、これはプラスチックといちいち確認して、別々のごみ袋に入れている。その作業を通して気が付いたことは、プラスチックごみが非常に多いということだ。例えば、納豆を開ければ、容器とその中に納豆にじかにかぶせてある薄い紙、醤油・からしの入った入れ物、全部プラスチックだ。これらは今まで一般家庭ごみとして捨てていたものだ。だから、新しいごみだし方法になって、一般家庭ごみがうんと少なくなった。

 しかし、少し疑問もある。商品の多くがパックされて販売されている現在、汚れたパックを洗浄して出すのは、手間がかかるだけでなく、洗浄に要する洗剤・水が、環境問題の点から問題ないのだろうか?資源を大切にするために環境汚染が進んではたいへんなことだと懸念している。

2007年9月 9日 (日)

古典講読「漢詩」を聞いて

 昨夕、NHKの古典講読を聞いた。

 李白を取り上げていて、今回聞いたのは23回目の講義。とは言っても、このうち半分も聞いていない。夕方5時からということで、よほど気に止めていないと、ついうっかり聞き漏らしてしまう。朝や昼までは気に止めていても、何かの雑事で忘れてしまう。加齢のためというよりも学習意欲が足りないせいだろう。

 45分間の講義はなかなか充実している。エピソードも交えて興味深い。テキストも良くできている。ただ、朗読がイマイチ。

 大学1年のときだったろうか?「唐詩選」を扱った漢文の授業があった。非常に温厚な老先生が担当で、「大人」の趣が漂っていたように思う。考査がない代わりにレポートが課された。私は「李白と杜甫」というタイトルで、両者の対比を書いたと記憶している。もちろん、いくつかの参考書から得た知識を使ってまとめたもの。そのときの印象は、天才肌の李白と苦労人・努力家の杜甫だ。両者、非常に対照的で、(間違っているかもしれないが)明と暗、豪放と沈着などの印象が、今も頭にこびりついている。

 あと3回で李白について終わって、続いて杜甫が取り上げられるようだ。残りの李白の講義をしっかり聞いて、杜甫の講義も聞いてみようと思う。

2007年9月 5日 (水)

スポーツもやらないと

 以前書いたことがあるが、早朝5時ごろから1時間あまり歩いている。1週間ぐらい前から、歩くときに両足の足首に各700グラムの砂袋を巻きつけて歩いている。これで、かなりの負荷がかかり、歩行距離・時間以上の効果があると思う。

 しかし、今日は朝から雨だったので、ウォーキングは中止。そのかわりに、午後から妻の後をついて、市民体育館にバドミントンをやりに行った。先ごろの暑さに比べればまだ気温が低いが、台風の影響もあって蒸し暑い中なので、汗びっしょりになった。相当体力を使ったと思うが、体重も体脂肪もあまり減っていなかった。しかし、帰宅して早々にいつもより早いフロに入って汗を流すと、心地よい疲労感でさっぱりした。

 バドミントンは、約30年前に始めた。当時、新設の高校に転勤になり、バドミントンのクラブを作るから顧問をやれと命じられ、そのときまで全くバドミントンを知らなかった私は、市の体育課主催のバドミントン教室に申し込んで、夜間、指導を受けに通った。これがバドミントンとの出会い。

 それ以前は、部活動の顧問というと体操部で、今と比べるとバドミントンはそれほどやられてなかったと思う。体操は、高校生の時代から大学1年生の頃までクラブに入っていた。そんな関係で、新任のときから長いこと体操と関係があった。

 バドミントン教室以後、夜間の活動をしているサークルに入って、何年かやっていたが、通勤や職務の関係でできなくなって、遠ざかっている。完全退職の65歳頃からときどきは妻が加入しているクラブの練習に入れてもらって、遊び程度のゲームをする。ところが、今年の何月だったろうか、バドミントンをした後、いわゆる「テニスひじ」になって、たいそう苦労した。それ以来、数ヵ月ぶりのバドミントンを、今日やった。若干、ひじに違和感があるようだ。

2007年9月 4日 (火)

趣味悠悠「仏のこころを彫る」

 趣味悠悠「仏のこころを彫る」が、昨日から始まった。

 昨晩、テキストとテレビを見ながら、第1回の学習をした。今日は、その実技のつもりで、実際に「球」を彫ってみた。

 角材の適当なものがなく、また講座で使用している規格と同じものがないために、4.5センチの角材を使用(講座では3センチ)した。手順に従って球ができるまでには、かなりの時間がかかった。テレビでは、25分の中で、実技以外も含めてかなりの内容を入れている。番組編集の点から言えば、うまくまとめられている、ということになるかもしれないが、見ていても忙しい感じだ。これは、以前視聴した「色鉛筆画」のときと同じ感想だ。

 おそらく、実技部分だけで3時間はかかると思う。少しは木彫をやっている私でもそんな感じなので、全く初めての人だとさらに1~2時間かかるかもしれない。第一、彫りに入る前の、角材に中心線を引いて底面に鋸で切込みを入れるという「準備段階」だけでも、結構時間がかかる。

 容易にできそうで、とてもそんなわけにいかない講座だ。初めて「やってみよう」と発心した人が挫折しなければいいが。

2007年9月 3日 (月)

俳句が載った

 今日はクラブ活動で、学園に出かけた。クラブ活動に来ていたH氏から、「(俳句が)載っていたよ」と言われ、前に某新聞の文芸欄に投稿しておいた俳句が取り上げられたことを知った。早速、その新聞を取っている事務室に行って、文芸のページをいただいてきた。8月24日の金曜日の文芸欄に、私の句が載っていた。

 以前の記事に書いたことがあるが、同じクラスのH氏が俳句をやっていて、何度か駄作を見てもらったことがあった。その折、投稿を勧められたことがあって、8月半ばに3句投稿してあったのだ。

 取り上げられた句   

   梅雨晴れや幾日見ぬ間の草の丈

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